東京高等裁判所 平成9年(行ケ)331号 判決 1999年6月09日
東京都大田区中馬込1丁目3番6号
原告
株式会社リコー
代表者代表取締役
桜井正光
訴訟代理人弁護士
稲元富保
同弁理士
伊藤武久
同
藤田アキラ
同
加藤和彦
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官 伊佐山建志
指定代理人
木下幹雄
同
水垣親房
同
井上雅夫
同
小林和男
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた判決
1 原告
特許庁が、平成9年審判第2862号事件について、平成9年10月29日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和61年3月7日、名称を「カラー電子写真装置」とする発明(以下「本願発明」という。)につき、特許出願(特願昭61-48672号)をしたが、平成8年12月26日に拒絶査定を受けたので、平成9年2月27日、これに対する不服の審判の請求をした。
特許庁は、同請求を、平成9年審判第2862号事件として審理した上、平成9年10月29日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年11月19日、原告に送達された。
2 本願発明の要旨
感光体上に各色成分の静電潜像を形成し、それら色成分の静電潜像を異なった色の現像剤で現像して顕像し、該顕像を順次、中問転写部材上に重ねて転写し合成像を形成し、該合成像を転写チャージャによって静電的に転写材に転写するようにしたカラー電子写真装置において、上記中間転写部材の体積抵抗を、109乃至1012Ωcmの範囲に設定したことを特徴とするカラー電子写真装置。
3 審決の理由
審決は、別紙審決書写し記載のとおり、本願発明が、特開昭60-158474号公報(以下「引用例」という。)に記載された発明(以下「引用例発明」という。)に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。
第3 原告主張の取消事由の要点
審決の理由中、本願発明の要旨の認定、引用例の記載事項の認定、本願発明と引用例発明との一致点及び相違点の認定、相違点についての判断の一部(審決書8頁4~16行)は、いずれも認める。
審決は、本願発明と引用例発明との相違点についての判断を誤る(取消事由1)とともに、本願発明の有する顕著な作用効果を看過した(取消事由2)ものであるから、違法として取り消されなければならない。
1 相違点の判断誤り(取消事由1)
審決は、相違点の判断において、引用例に関し、「スクリーンを基体とする像担持シートの実施例において、抵抗層が電荷移動に寄与する旨記載されてはいるが、スクリーンが電荷移動に関与する事項は何等記載されていない」(審決書8頁14~18行)としているが、「スクリーンが電荷移動に関与する事項は何等記載されていない」との認定は誤りである。
なぜなら、引用例発明のように、ある体積抵抗率の抵抗層の中に絶縁性スクリーン又は導電性スクリーンを入れた場合、シート全体の体積抵抗率は変化する(これは技術常識である。)から、スクリーンも電荷移動に関与することになるのである。
また、審決が、引用例発明を、「従来の像担持シートの体積抵抗率が1014Ω・cmないし1017Ω・cmであることに起因する問題点を改良することを目的とする発明」(審決書8頁8~11行)と認定しながら、「該スクリーンに関する構成は上記目的とは異なる技術思想として把握される」(同頁18~19行)と認定したことも誤りである。
なぜなら、引用例発明のスクリーンは、審決が認定する上記目的に基づいて設けられたものであり、この1つの目的に基因して想起されたスクリーンと抵抗層とは、不可分有機的に結合して1つの技術思想を形成しているのであって、この有機的に不可分一体の像担持シート(本願発明の中間転写部材)から、その一部であるスクリーンのみを取り出すことは困難である。
したがって、審決が、上記の各認定を前提として、「引用例には従来の像担持シートとしてプラスチツクのフイルムが記載されており、当業者が引用例の上記目的に着目して、体積抵抗を109Ω・cmから1013Ω・cmの範囲に設定した抵抗層のみからなる像担持体シートを想到することに格別の困難性は認められない。」(審決書8頁20行~9頁5行)と判断したことも誤りである。
2 顕著な作用効果の看過(取消事由2)
本願発明は、本願明細書(甲第3号証)に記載されたように、「感光体から中間転写部材、中間転写部材から転写材への各転写が転写特性を向上することができる」という効果を奏するものである。これに対し、引用例発明は、「感光体から中間転写部材上への転写」における技術課題の解決を図るものであり、そもそも「中間転写部材から転写材への転写」に関する技術課題が存在しないから、中間転写部材から転写材への転写特性が向上するという効果を奏し得るものではない。
したがって、引用例発明と本願発明とでは、作用効果において異なることが明らかであり、審決が、「本願発明の奏する作用効果として、引用例から予測される以上の格別なものは認められない。」(審決書10頁3~5行)と判断したことは誤りである。
第4 被告の反論の要点
審決の認定判断は正当であり、原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
1 取消事由1について
引用例発明においては、従来の像担持シートの体積抵抗率が1014Ω・cmないし1017Ω・cmであることに起因する問題点を改良することを目的として、スクリーンの開口部によって抵抗層の厚みが減少した態様の像担持シートを用い、その像担持シートの表面に生じた微細な凹凸により、転写時にシートと像担持体の密着性を減少させて、転写後の分離の際に気中放電を少なくするのであるから、像担持シートの体積抵抗率は考慮されていない。しかも、引用例発明では、スクリーンが導電性でも絶縁性でもよいとされており、このことは、スクリーンの体積抵抗率がどのような値でもよいことを意味している。
引用例発明において、スクリーンは、薄くて腰のある強靱な像担持シートを得るのに必要な構成である旨が開示されているのである。したがって、引用例発明において、スクリーンと抵抗層とは、異なる技術思想に基づくものであり、分離可能である。
したがって、この点に関する審決の判断(審決書8頁5行~9頁5行)に誤りはない。
2 取消事由2について
引用例発明は、像担持体上に形成した現像像を中間像担持体上に転写担持し、この転写した転写像を転写材上に再転写する転写装置であって、中間像担持体から転写材へ転写する技術課題を有することは自明であり、引用例(甲第4号証)の「このように本発明の像担持体シートを用いた転写装置によれば、多重転写効率が高く、しかも画像再現性の良い転写画像が得られる。」との記載によれば、中間転写部材から転写材への転写特性が向上する旨の作用効果を奏することは明らかである。
したがって、この点に関する審決の判断(審決書10頁3~5行)に誤りはない。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由(相違点の判断誤り)について
審決の理由中、本願発明の要旨の認定、引用例の記載事項の認定、本願発明と引用例発明との一致点及び「本願発明は、『中問転写部材の体積抵抗を、109乃至1012Ω・cmの範囲に設定した』構成であるのに対し、引用例の中間転写部材は、スクリーンを基体とし、スクリーンの開口部と共にスクリーン表面に設ける抵抗層の体積抵抗を109Ω・cmから1013Ω・cmの範囲に設定した構成である点」(審決書7頁17行~8頁3行、相違点)で相違することは、いずれも当事者間に争いがない。
また、引用例発明に関して、「像担持シートの基体であるスクリーンに設ける抵抗層の体積抵抗率が記載され、像担持シートの体積抵抗率は明示されていない」(審決書8頁5~7行)が、「従来の像担持シートの体積抵抗率が1014Ω・cmないし1017・cmであることに起因する問題点を改良することを目的とする発明であり、実施例のスクリーンは、絶縁性あるいは導電性である旨、また、薄くて腰のある強靭な像担持シートを得るのに必要なものである旨記載され、且つ、スクリーンを基体とする像担持シートの実施例において、抵抗層が電荷移動に寄与する旨記載されてはいる」(同頁8~16行)ことも、当事者間に争いがない。
ところで、引用例(甲第4号証)には、「この様な方式において用いる上記プラスチツクフイルムの体積抵抗率は1014Ω・cmないし1017Ω・cmであり、また比誘電率は3前後である。このフイルムの厚みを100μmとした場合、上記トナー像の転写に必要な電界を得るのに、像担持シートの裏面は通常、表面電位として3,000V以上に帯電する必要がある。このように像担持シートの裏面側の電位が高いと、像担持体と像担持シート表面が、転写時に密着し易く、空隙が狭まりトナー像転写後、像担持体と像担持シートが分離する際に、空気の絶縁破壊による放電が生じ易くなる。その結果、転写画像に放電模様が発生したり、トナーの飛散が発生し著しく画質を低下させることになる。また、上記分離時の放電あるいは転写ドラムが回動中に生ずる像担持体や空気等との摩擦帯電等により、像担持シート表面には転写帯電電荷とは逆極性の電荷が蓄積する(この現象をチヤージアツプ現象と称す)ことにより、多重転写の回数に従って転写効率が低下する。即ち1色目より2色目、2色目よりも3色目のトナー像の転写量が低下する」(同号証2頁左上欄11行~右上欄12行)、「上記担持シート222は多数開口を有する絶縁性あるいは導電性のスクリーンの少なくとも開口部に109Ω・cmから1013Ω・cmの範囲の体積抵抗率を有する抵抗層を設けたものである。」(同3頁左下欄12~15行)、「上記スクリーンに設ける抵抗層はアンチモン、インジウム、スズ等の金属の酸化物、またはカーボンや金属粉末あるいはZnO(酸化亜鉛)等の光導電性物質を分散させた樹脂を・・・塗布し、スクリーンの開口部あるいは開口部と共にスクリーン表面に設ける。」(同3頁右下欄11~17行)、「スクリーン基体に抵抗層を設ける場合、抵抗層である樹脂を塗布した後、乾燥あるいは硬化させると、開口部においてスクリーン表面部より若干厚みが減少し、図の如く山と谷の高さの差tが生じる。・・・この像担持シート表面の微細な凹凸の存在によつて転写時に像担持体と像担持シートの密着性を減少させ、転写後の分離の際の気中放電を少なくするという効果を生じる。・・・抵抗層は109Ω・cmから1013Ω・cmの体積抵抗率を有するが、これは像担持シートの厚み方向に適度の電荷移動性をもたせ、像担持シート裏面の転写帯電々荷を抵抗層内に注入させ、実効的に抵抗層の厚みを減少させたのと同じ効果を得る。これにより像担持シートの静電容量を大きくし、2,000V以下の表面電位でも高い転写効率が得られる様にし、同時に転写後の分離時の気中放電を減少させるものである。また像担持シート表面のチヤージアツプした電荷(転写帯電々荷と逆極性)を転写帯電々荷の移動により中和させることにより、チヤージアツプによる2色目以降の転写効率の低下を防止することができる。」(同4頁左上欄15行~左下欄3行)、「本発明の像担持シートはスクリーンを基体としているが、これは薄くて腰のある強靭な像担持シートを得るのに必要なものである。」(同4頁左下欄16~行)、実施例1として、「150μm厚のポリエステルフイルムに・・・穴を・・・設けて基体となるスクリーンとし・・・浸漬塗布用の混合液としては、バインダー樹脂として光硬化エポキシアクリレート樹脂〔商品名:ユニデイツクV5502、大日本インキ化学工業製〕100重量部に、・・・更に導電性微粉末として平均粒径0.06μmのカーボンブラツク20重量部と・・・加え・・・浸漬塗布を行ない、スクリーン表面及びスクリーン開口部に塗布層を形成させ」(同4頁右下欄6行~5頁左上欄11行)、実施例3として、「直径0.2mmの穴が0.5mmのピツチで設けた80μm厚のニツケルの薄板で基体となるスクリーンを作成し・・・混合液はシリコーン樹脂〔商品名:TSR116、東芝シリコーン製〕100重量部と・・・更に平均粒径0.1μmの二酸化錫20部と・・・混合攪拌した・・・混合液をスプレーで塗布した」(同5頁右上欄6~18行)、「以上の実施例で得た像担持シートを有する転写ドラムを用いて転写を行つた結果、転写時の像担持シート裏面の帯電々位を低く抑えることができると共に、像担持シート表面の凹凸により像担持体と像担持シートの密着性を減少させ、分離時の気中放電を転写画像に影響を与えない程度に減少できた。また像担持シート表面のチヤージアツプした電荷を多重転写の間で転写帯電々荷を漏洩させることができるため、2色目以降の転写効率の低下を防止することができた。・・・このように本発明の像担持体シートを用いた転写装置によれば、多重転写効率が高く、しかも画像再現性の良い良質の転写画像が得られる。」(同5頁左下欄7行~右下欄3行)と記載されている。
これらの記載及び引用例第4A~C図(同6頁)並びに前示争いのない事実によれば、従来の体積抵抗率が1014Ω・cmないし1017Ω・cmであるプラスチックフィルムを使用していた転写装置においては、厚さ100μm程度のフィルムを使用すると、感光体ドラムである像担持体から中間転写体である像担持シートへの転写(以下「第1次転写」という。)のために、像担持シートの裏面を3000V以上に帯電させる必要があり、この高電圧のために、像担持体と像担持シート表面が転写時に密着しやすく、転写後の分離の際に、空気の絶縁破壊による放電が生じやすく、その放電により画質を低下させるという技術課題と、分離時の放電あるいはドラムが回動中に生じるドラム表面と空気との摩擦により、多重転写の際、シート表面に逆極性の電荷が蓄積するというチャージアップ現象が生じ、転写効率が低下するという技術課題が存したものと認められる。そして、この2つの技術課題を解決するために、引用例発明では、ドラムとシートの分離の際に起こる放電に対しては、シートの基体として多数の開口部を有するスクリーンを使用して、抵抗層である樹脂を塗布したシート表面に凹凸を形成し、密着に基づく放電の発生を防止するとともに、チャージアップ現象に対しては、上記所定の体積抵抗値の抵抗層を用いて、電荷を適宜漏洩する構成を採用し、その結果、多重転写効率が高く、しかも画像再現性の良い転写画像が得られたことが開示されているものと認められる。また、引用例発明において、スクリーンは、薄くて腰のある強靭な像担持シートを得るためにも必要とされるが、その導電性又は絶縁性は問題とされておらず、他方、スクリーンの開口部あるいは開口部とスクリーン表面に設けられた抵抗層の実施例としては、光硬化エポキシアクリレート樹脂やシリコーン樹脂が用いられており、これらはそれ自体フィルムとして使用することが可能なものと考えられる。
これに対し、本願発明について、本願明細書(甲第2、第3号証)によれば、「中間転写ベルト12上の合成顕像を転写チャージャを用いて静電的に転写材へ転写するシステムにおいては、中間転写ベルト12を1014Ωcm以上の高抵抗物質フィルム、例えばポリエステルフィルムとすると、中間転写ベルト12への転写特性は比較的良好となる。ところがこの中間転写ベルト12では、該ベルト12から転写材19への転写が著しく悪くなることは先に記載した。その理由は定かではないが、実験等から察するところ、感光体1から中間転写ベルト12への転写が終わった後、中間転写ベルト12のうちの合成顕像を担持している部分の浮遊電気容量が大幅に低下し、その結果、合成顕像を型作っている現像剤の電荷の一部が放電するからではないかと考えられる。現像剤電荷の放電により、転写材19への再転写時に、転写されるべき現像剤の帯電量が著しく低くなっていて、転写率が下がるからである。この観点から、中間転写ベルト12の材質としては、合成顕像を運ぶ間に浮遊電気容量の低下を引き起こすことのないものを選ぶと都合が良い。実験によれば、1012Ωcm以下、特に109~1012Ωcmの固有体積抵抗を有する材料、あるいは比誘電率が3以上である材料(具体的にはポリエステルよりも誘電率の高いもの)等を用いたところ、感光体1から中間転写ベルト12への転写及び中間転写ベルト12から転写材19への転写のいずれも良好となった。」(甲第3号証5頁8~27行)と記載されている。
この記載によれば、本願発明では、従来、1014Ωcm以上の高抵抗物質フィルムを用いると、感光体から中間転写体への転写(第1次転写)の特性は良いが、中間転写体から転写材(紙)への転写(以下「第2次転写」という。)の特性は悪いという現象を主たる技術課題とし、第2次転写における中間転写ベルトから転写材への転写率を上げるために、合成顕像を運ぶ間に浮遊電気量の低下を引き起こすことのないように、体積抵抗率を1012Ωcm以下、特に109~1012Ωcmの固有体積抵抗を有する材料を用いることが開示されているものと認められるが、第2次転写の際の転写特性の悪化の原理的な理由は判明しておらず、実験から経験的に所定の固有体積抵抗を有する中間転写ベルトを用いて、良好な転写結果を得たことが示されている。
そして、この第2次転写の際の転写特性の悪化の理由に関して、原告訴訟代理人である弁理士伊藤武久が、本件審判係属中の平成9年9月26日に特許庁に提出した文書(乙第3号証)には、「像担持シートの体積抵抗率が高過ぎる場合、像担持シートの表面電位が上昇し易くまた減衰し難いので、重ね中間転写時に必要十分な電荷を像担持シートに付与する余裕がなくなります。また、転写紙への転写の場合も、像担持シートの表面電位が高いと、同じ理由で転写に必要十分な電荷を転写紙に付与し難くなります。本願発明のように、中間転写部材の体積抵抗率を適度に選択すると、中間転写部材自体を通して同部材裏面へ電荷が逃げる割合が適度となり、その結果表面電位の上昇が抑制されるので、重ね転写時に必要十分な電荷を付与し易く、転写特性が良好となります。」(同号証1頁最終行~2頁9行)、「平成8年11月18日付提出の本願訂正明細書第2頁13~16行に、『高い体積抵抗の中間転写部材を用いると、一旦転写された中間転写部材上の現像剤の帯電量が著しく低下するため静電転写力が十分に作用せず、転写率が下がり転写不良を引き起こすという問題があった。』との記載があります。出願時には、高い体積抵抗の中間転写部材を用いる欠点の原因として、このように認識されていたのですが、その後主たる理由は前述したものであることが判明したことを申し添えます。」(同2頁20行~3頁5行)と記載されている。
これらの記載によれば、本願発明が技術課題とした第2次転写の際の転写特性の悪化の原因に関して、出願人である原告自身が出願後も更に研究を重ねた結果、本願明細書(甲第3号証)の「高い体積抵抗の中間転写部材を用いると、一旦転写された中間転写部材上の現像剤の帯電量が著しく低下するため静電転写力が十分に作用せず、転写率が下がり転写不良を引き起こすという問題があった。」との記載は、技術的に誤りであり、像担持シートの体積抵抗率が高すぎると、像担持シートの表面電位が上昇しやすくまた減衰し難いので、重ね中間転写時に必要十分な電荷を像担持シートに付与する余裕がなくなることが、第1次転写及び第2次転写の際の転写特性の悪化の原因であると、原告自身が自認したものであり、この像担持シートの表面電位の上昇状態は、中間転写部材におけるチャージアップ現象にほかならないものと認められる。
そうすると、前示のとおり、引用例発明には、第1次転写において放電現象を防止するために、凹凸を有するスクリーンを設けることと、チャージアップ現象に対して電荷を適宜漏洩するために、所定の体積抵抗値のフィルムを用いることが開示されていたのであるから、本願発明の前示の技術的課題とその解決のための構成は、いずれも既に引用例発明に開示されていたものといえる。そして、本願発明のように、放電現象の防止を主たる技術課題として明示していない場合には、そのための構成であるスクリーンを省略することは、当業者が容易に想定できるものといえるし、引用例発明から本願発明を想到することに格別の困難性はないものといわなければならない。
原告は、ある体積抵抗率の抵抗層の中に絶縁性スクリーン又は導電性スクリーンを入れた場合、技術常識上、シート全体の体積抵抗率は変化するから、スクリーンも電荷移動に関与することになるのであり、審決が、引用例に関し、「スクリーンが電荷移動に関与する事項は何等記載されていない」(審決書8頁16~18行)と認定したことは誤りであると主張する。
しかし、審決は、引用例発明を、「従来の像担持シートの体積抵抗率が1014Ω・cmないし1017Ω・cmであることに基因する問題点を改良することを目的とする発明」(審決書8頁8~11行)と認定した上で、「スクリーンを基体とする像担持シートの実施例において、抵抗層が電荷移動に寄与する旨記載されてはいるが、スクリーンが電荷移動に関与する事項は何等記載されていないことから、該スクリーンに関する構成は、上記目的とは異なる技術思想として把握される。」(8頁14~18行)と認定したものであり、この認定は、引用例発明においてスクリーンを設けた技術目的が、上記所定の体積抵抗率に基因する問題点を改良するという技術目的とは異なることを意味していると認められ、実際に設けられたスクリーンが電荷移動に影響を与えることを否定するものでないことは明らかであるから、原告の主張はそれ自体失当であり到底採用することができない。
また、原告は、上記の引用例発明の認定に関して、上記の1つの目的に基因して想起されたスクリーンと抵抗層とが、不可分有機的に結合して1つの技術思想を形成しているのであり、この有機的に不可分一体の像担持シートから、その一部であるスクリーンのみを取り出すことは、困難であると主張する。
しかし、引用例発明は、前示のとおり、第1次転写のドラムとシートの分離の際に起こる放電に対しては、多数の開口部を有するスクリーンをシートの基体に使用してシート表面に凹凸を形成し、密着に基づく放電の発生を防止するとともに、チャージアップ現象に対しては、上記所定の体積抵抗値の抵抗層を用いて、電荷を適宜中間転写部材裏側に漏洩する構成を採用したものであり、当該スクリーンには、薄くて腰のある強靭な像担持シートを得るという目的も存するが、その導電性又は絶縁性は問題とされていないと認められるから、当業者は、当該スクリーンを、所定の体積抵抗値により電荷を適宜漏洩するという技術思想とは、異なる目的を有する部材と認識するものといわなければならない。他方、スクリーンの開口部あるいは開口部とスクリーン表面に設けられた抵抗層について、当業者は、これが電荷の漏洩のために積極的に採用きれた構成であり、実施例を勘案すれば、それ自体フィルムとして使用することが可能なものと容易に把握できるものといえるから、原告の主張を採用する余地はない。
したがって、審決が、「引用例には従来の像担持シートとしてプラスチツクのフイルムが記載されており、当業者が引用例の上記目的に着目して、体積抵抗を109Ω・cmから1013・cmの範囲に設定した抵抗層のみからなる像担持シートを想到することに格別の困難性は認められない。」(審決書8頁20行~9頁5行)と判断したことに誤りはない。
2 取消事由2(顕著な作用効果の看過)について
原告は、本願発明が、「感光体から中間転写部材、中間転写部材から転写材への各転写が転写特性を向上することができる」という効果を奏するのに対し、引用例発明が、「感光体から中間転写部材上への転写」における技術課題の解決を図るものであるから、中間転写部材から転写材への転写特性が向上するという効果を奏し得るものではないと主張する。
しかし、前示のとおり、本願発明が主たる技術課題として明示した第2次転写の際の転写特性の悪化の原因は、像担持シートの表面電位の上昇状態であると原告自身が自認したものであり、これは、中間転写部材におけるチャージアップ現象にほかならないものであるところ、引用例発明においては、その解決のため、所定の体積抵抗値の抵抗層を用いて、電荷を適宜漏洩する構成を採用し、その結果、多重転写効率が高く、しかも画像再現性の良い転写画像が得られたことが開示されているのであるから、原告の主張する本願発明の作用効果と同等のものを奏することは明らかであり、上記主張も到底採用することができない。
したがって、審決が、「本願発明の奏する作用効果として、引用例から予測される以上の格別なものは認められない。」(審決書10頁3~5行)と判断したことに誤りはない。
3 以上のとおり、原告主張の取消事由にはいずれも理由がなく、その他審決に取り消すべき瑕疵はない。
よって、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)
平成9年審判第2862号
審決
東京都大田区中馬込1丁目3番6号
請求人 株式会社リコー
東京都新宿区四谷4丁目25-5 KDビル5F 伊藤・藤田特許事務所
代理人弁理士 伊藤武久
昭和61年特許願第48672号「カラー電子写真装置」拒絶査定に対する審判事件(昭和62年9月11日出願公開、特開昭62-206567)について、次のとおり審決する。
結論
本件審判の請求は、成り立たない。
理由
(手続の経緯・本願発明の要旨)
本願は、昭和61年3月7日に出願されたものであって、その発明の要旨は、平成8年11月18日付け手続補正書により補正された明細書および図面の記載からみて、特許請求の範囲に記載された次のとおりのものと認める。
「感光体上に各色成分の静電潜像を形成し、それら色成分の静電潜像を異なった色の現像剤で現像して顕像し、該顕像を順次、中間転写部材上に重ねで転写し合成像を形成し、該合成像を転写チャージャによって静電的に転写材に転写するようにしたカラー電子写真装置において、上記中間転写部材の体積抵抗を、109乃至1012Ωcmの範囲に設定したことを特徴とするカラー電子写真装置。」(原査定の拒絶理由)
これに対して、原査定の拒絶の理由の概要は、本願発明は、特開昭60-158474号公報(以下「引用例」という。)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることできないというものである。
(引用例の記載内容)
「感光ドラムや絶縁ドラム等の像担持体に形成した個々のイエロー、シァン、マゼンタのトナー像を中間像担持体であるドラムあるいはベルト状の中間転写体上に重ねて転写し、最終的に中間転写体上の3色のトナー像を転写紙に一括転写する方式がある。この方式では中間転写体を例えば転写ドラムとした場合、転写ドラムのトナー像を担持するのに可撓性のシート部材(以下、像担持シートと称す)である例えばポリエステル、ポリプロピレン、トリァセテート等のプラスチツクのフイルムが用いられる。・・中略・・この様な方式において用いる上記プラスチックフイルムの体積抵抗率は1014Ω・cmないし1017Ω・cmであり、また比誘電率は3前後である。このフイルムの厚みを100μmとした場合、上記トナー像の転写に必要な電界を得るのに、像担持シートの裏面は通常、表面電位として3,000V以上に帯電する必要がある。このように像担持シートの裏面側の電位が高いと、像担持体と像担持シート表面が、転写時に密着し易く、空隙が狭まりトナー像転写後、像担持体と像担持シートが分離する際に、空気の絶縁破壊による放電が生じ易くなる。その結果、転写画像に放電模様が発生したり、トナーの飛散が発生し著しく画質を低下させることになる。」(第1頁右下欄第13行~第2頁右上欄第5行参照)、
「本発明の目的は、上記問題点に鑑み改良された新規な転写装置を提供するものである。・・中略・・第1図は本発明の転写装置をカラー複写機に応用した例の説明図である。第1図において、1は表面絶縁層と光導電層そして導電基体とを有する電子写真感光ドラムで、・・中略・・ドラム1上に原稿像を色分解した像に対応する静電潜像が形成される。感光ドラム1上の静電潜像は次に現像器18によりトナー像として顕像化される。この現像器18はイエロー181、マゼンタ182、シアン183の3個の現像器で構成され、・・中略・・次に感光ドラム1上の現像像は・・中略・・像担持シート222の表面に位置合わせされて、感光ドラム1上のトナー像が順次転写され、最終的に多色画像が形成される。・・・・中略・・転写位置で第2転写帯電器28により転写紙25の裏面に・・中略・・転写帯電々荷が与えられ、像担持シート222上の多色画像が転写紙25上に一括転写される。」(第2頁右上欄第20行~第3頁左上欄第19行参照)、
「像担持シート222は多数開口を有する絶縁性あるいは導電性のスクリーンの少なくとも開口部に109Ω・cmから1013Ω・cmの範囲の体積抵抗率を有する抵抗層を設けたものである。」(第3頁左下欄第12行~同欄第15行参照)、
「上記スクリーンに設ける抵抗層は・・中略・・開口部と共にスクリーン表面に設ける。」(第3頁右下欄第11行~同欄第17行参照)、
「抵抗層は109Ω・cmから1013Ω・cmの体積抵抗率を有するが、これは像担持シートの厚み方向に適度の電荷移動性をもたせ、像担持シート裏面の転写帯電々荷を抵抗層内に注入させ、実効的に抵抗層の厚みを減少させたのと同じ効果を得る。これにより像担持シートの静電容量を大きくし、2,000V以下の表面電位でも高い転写効率が得られる様にし、同時に転写後の分離時の気中放電を減少させるものである。」(第4頁右上欄第10行~同欄第18行参照)、
「抵抗層の体積抵抗率が109Ω・cmより小さいと、・・中略・・抵抗層を通して漏洩した転写帯電電荷によりトナーが帯電してしまい、・・中略・・1013Ω・cmを超えると効果的な電荷移動が得られなくなることが確認されている。最も好ましい体積抵抗率は約1011Ω・cmである。また本発明の像担持シートはスクリーンを基体としているが、これは薄くて腰のある強靭な像担持シートを得るのに必要なものである。」(第4頁左下欄第7行~同欄第18行参照)、
が図面と共に記載されている。
(対比・判断)
本願発明と引用例に記載のものとを対比すると、引用例における感光ドラム、像担持シート、集2転写帯電器、転写紙、体積抵抗率、カラー複写機は、各々本願発明における感光体、中間転等部材、転写チャージャ、転写材、体積抵抗、カラー電子写真装置に相当することが明らかであるから、
引用例からは、本願発明の「感光体上に各色成分の静電潜像を形成し、それら色成分の静電潜像を異なった色の現像剤で現像して顕像し、該顕像を順次、中間転写部材上に重ねて転写し合成像を形成し、該合成像を転写チャージャによって静電的に転写材に転写するようにしたカラー電子写真装置」に相当する構成が把握され、この点で両者は一致しており、以下の点で相違しているものと認められる。
(相違点)
本願発明は、「中間転写部材の体積抵抗を、109乃至1012Ω・cmの範囲に設定した」構成であるのに対し、引用例の中間転写部材は、スクリーンを基体とし、スクリーンの開口部と共にスクリーン表面に設ける抵抗層の体積抵抗を109Ω・cmから1013Ω・cmの範囲に設定した構成である点。
ここで、上記相違点について検討する。
引用例には、像担持シートの基体であるスクリーンに設ける抵抗層の体積抵抗率が記載され、像担持シートの体積抵抗率は明示されていない。
しかしながら、引用例の発明は、従来の像担持シートの体積抵抗率が1014Ωcmないし1017Ω・cmであることに基因する問題点を改良することを目的とする発明であり、実施例のスクリーンは、絶縁性あるいは導電性である旨、また、薄くて腰のある強靭な像担持シートを得るのに必要なものである旨記載され、且つ、スクリーンを基体とする像担持シートの実施例において、抵抗層が電荷移動に寄与する旨記載されてはいるが、スクリーンが電荷移動に関与する事項は何等記載されていないことから、該スクリーンに関する構成は、上記目的とは異なる技術思想として把握される。
そして、引用例には従来の像担持シートとしてプラスチツクのフイルムが記載されており、当業者が引用例の上記目的に着目して、体積抵抗を109Ω・cmから1013Ω・cmの範囲に設定した抵抗層のみからなる像担持体シートを想到することに格別な困難性は認められない。
さらに、像担持シートの体積抵抗の範囲の上限に関し、本願発明が1012Ω・cmであり、上記引用例から想到されるものは1013Ω・cmである点で相違が認められるが、本願明細書中には、体積抵抗の数値の意義に関し、実験によれば、1012Ω・cm以下、特に109乃至1012Ωcmの固有体積抵抗を有する材料を用いたところ、感光体1から中間転写ベルト12への転写及び中間転写ベルト12から転写材19への転写のいずれも良好となった旨記載されているにとどまり、しかも、引用例には最も好ましい体積抵抗率は約1011Ω・cmである旨記載されているから、この点は転写の状態に応じて当業者が適宜選択する設計上の事項と認められる。
従って、引用例の記載事項から本願発明の構成を想到することは当業者にとって容易になし得たものと認められる。
そして、本願発明の奏する作用効果として、引用例から予測される以上の格別なものは認められない。
(むすび)
以上のとおりであるから、本願発明は、引用例に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって、結論のとおり審決する。
平成9年10月29日
審判長 特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)